(肉体という器)
選べ・・・と言われても、何をどう選んだものか、誰もが少し躊躇していた。
地球という星に入るためには、肉体という器が必要であるということは理解できるが、そもそも、肉体と言われても、それがどういうものであるのか、まるっきり理解できてはいないのだ。
「どれにしよう?」それでも興味津々に箱を眺めながら、自分の直感に従ってみようと、わくわくしている者や、どこかいぶかしげに、箱を手に、眺めまわしているものと、様々な反応がある。その様子を一部始終、じっと見つめている存在があった。うつしみの星を統べる大神である。
一同が、箱を選び終えたところで、どこからともなく声が響いてきた。今度はまた別の声だ。「そなたたちが選んだ器となる肉体は、いずれ、その生を終えると、腐り朽ち果てていくゆえに、地球の大地へと還してください。また、肉体と魂は、まるで異世界のものであるから、一つになるには、それなりの苦痛を伴います。生まれる時も死ぬ時も、未だ知り得ることのなき感覚が訪れるでしょう。けれども、ご案じなさいますな。それは、誰にでも訪れる肉体と魂の融合、そして、肉体と魂の別離。それがなくば、地球に生きることは出来ぬのです。また、その肉体は、地球を創りし神が、地球に様々な命の花を咲かせるためにこさえた器。なれど、その神はもう幽宮にて隠遁あそばして、この器の数は限りがございます。まだまだ数千年分の種はありますけれどね。そのようなものですから、十分、大事に使うてください。」という。
やはり、肉体というものの感覚が掴みきれないと、応凌は思った。
さて、一行は、次の間へと通された。そこには、最初の説明の通りに、別の星からやってきている魂たちが参加していた。
「みなさまには、これから、肉体の親子関係を選ぶ作業をしていただきます。」
そこに集まっている全員に?マークが浮かんでみえた。
案内係の女官は、みなの反応にはまったく無関心に、話を続けた。
「肉体が誕生するためには、まずは、その箱の中に入っている種を、女性の性を持つ方の腹に宿してもらわねばなりません。そのために、男性側の肉体が持つ無数の生命の種を女性に渡してもらう必要があるのです。」
「え?ということは、この箱の中には、無数の種が入っているのですか?」見知らぬ誰かが質問した。
「いえ。この箱の中に入っている種は、あなた自身の肉体になる種なので一つです。
そこには、あなたが、あなたという人になるための情報が詰まっているのです。
その種を無事に地球に届けるために、無数の種が必要になるのです。」
答えを聞いても意味がわからず、そこにいた全員が静かになった。
「では、これからみなさまに、人として地球に誕生するためのこれからの流れを映像としてみていただきます。」
空間の中に、突如として、青く美しい地球星が顕われた。やはり、とてつもなく美しく魅力的な星である。その星に向かって、無数の小さな光が飛んでいくのが見える。
「この小さな光が、その箱の中に入っている肉体の情報の種になります。陰陽のエネルギーを持っており、右回転しながら、地球へと向かいます。」
地球がクローズアップされ、さらに、そこの星に生きている『人』というものが見えた。
「われらと似たような姿形をしておる。」どこからともなく声が漏れた。
「さて、情報の種が肉体に宿ります。女性の陰と男性の陽が重なりて、陰陽の種を迎え入れるのです。」
なにやら不思議な妙技をしている裸の男性と女性の姿が映し出された。
「なんでしょう。みょうちくりんですな。」また、誰かが声をあげる。
「男性の突起部分と、女性の凹み部分を合わせることで、種が女性の腹に入り、地球時間の10月10日、女性の腹の中で肉体を完成させていくのです。」説明が入った。
一同から、ほお~と声があがった。
「これはまた、大変な作業のようですな。女性を選ばれた方は、肉体の種を自らの中に宿し、自分とは別の魂を呼び込むということなのですね。それはなんとも素晴らしくもありがたい菩薩の行ですな。」
「さようさよう。私は、男性の箱を選んでしまいましたが、女性の箱を選ばれた方には、感謝せねばなりません。」
「まあまあ!男性の方の中にある無数の種がなければ、どうやらこの箱の中の種は、無事に届けられぬということですし、男性の箱を選ばれた方々にも、大変なお役目がおありのようです。ありがたきことです。」地球での男女の営みの映像を見ながら、この部屋の中では、このような会話がなされていた。説明係は、ここでもなんの感慨も示さない。ほとんどいつもの光景のようだ。
「それにしても、地球に生まれるとは、なかなかに難儀なようですね。話は、わが神より聞いてはきましたが、想像を遥かに超えておりました。」
「そうですわね。こんなに面倒な手順があるとは。わが神がわれらをお生みくださった時の様子は見たことはございませんが、話に聞くところによれば、手と手を合わせ、気を合わせ、魂生みをされておられます。」
「わが神は、葉っぱにひと吹き息をかけ、魂生みをされていらっしゃる。」
「われらが神は、聖水の雫を一滴、聖なる樹の葉に乗せ、魂生みをされておられます。」
そこに集う魂たちは、わが神の話となると、急に勢いづいて、話に華が咲くのである。
説明係は、それもまたいつものことと、みなの会話が落ち着くまで、しばしの時を置く。
「それでは、みなさま。お話も落ち着かれたようですので、これから親子となる者同士を選びますよ。これは、決して変わることはございません。では、こちらへ。」と、説明係は、隣の控えの間にいた魂たちを呼び込んだ。
「この方々は、あなた方よりも先に、こちらにいらっしゃり、すでに、生んでくださる親を選び終えた方々です。この方々の中から、親になる方、子になる方を選んでいきます。
どのように選びますか?くじ引きでもかまいませんし、お互いに親子になりたいと思われる方がいらしたら、決めていただいてもかまいませんよ。」
ここに集う魂たちのすごいところは、ここで決して揉めることがないことだ。
なんとなく、気が合う感じがして、親子になりましょうか?と決める者もいるが、私はどなたとでもと美しい謙虚さでもって、くじを引く者もいる。二人、三人と一緒に、同じ親を選ぶこともあるし、親を選んだら、たまたま兄弟姉妹になることもある。
揉めることがないので、案外、スムーズに親子が決まった。
「はい。みなさまお揃いですね。では、次の間へと移ります。次は、夫婦となる方を選ぶ場になります。」
ぞろぞろと、みなが次の間へと入っていく。そこにも、また、初めて出会う魂たちがいた。
「先程、みなさまに、種を肉体に宿すための作業手順を見ていただきましたね。その作業を協働する相手を、ここで選んでいただきます。」
男性の器を持つ者と、女性の器を持つ者と、同じ数の魂がそこには存在していた。
たまたま隣に居合わせた者同士、「ではご一緒しますか。」と簡単に決まっていくことも多いが、あれやこれやと歩きまわって、相手を探すものもいる。
ここでも、何一つ揉めることなく、相手を選ぶことができた。
「地球に生まれるのが楽しみですね。あちらでお会いしましょうね。」
みな、それぞれに言葉をかけあって、その場を離れ、次の間へと移っていった。
次の間には、さきほど集まっていたメンバーはいなかった。よく見ると、その部屋には、日の国、紀の国、実の国からきた面々だけが揃っていた。
「おつかれさまでした。」という声が、またどこからか響いてくる。
「そなた様たちは、日美の神よりのご依頼により、ここに集いし方々ですので、
こちらにて、地球に生まれた際に担う『三つの珠』をお渡しします。ですので、まずは、そなた様たちが地球で何をなさりたいのか願いを教えてください。
そこに集った者たちは、それぞれに地球で生きる上での誓いのようなものを立てた。
うつしみの星の神は、それぞれの箱の中に、三つの珠を入れてくれた。その珠には、その珠の役割を表す文字が一文字書かれていた。
神は言った。「よいですか。これからあなた方は、この箱を持って、地球に生まれるまでの間、しばらくの時を待たねばなりません。先程、親子の縁を結んだ方が先に地球に生まれ、地球上の時を過ごし、男女の交わりによって、あなた方を呼び寄せてくれるまで待機するのです。地球上では数十年の月日が必要となりますが、こちらの時間ではそう長くはかかりません。それまでの間、調えてお待ちになっていらしてください。何度も申しますが、地球では、今あなた方がもっているその記憶のすべては消えてなくなります。
魂としての己のことも、ここで誓った願いのことも、親子の縁を結んだ方のことも、
夫婦の縁を結んだ方のことも、同胞であるそこに集いし仲間たちのことも、
そして、祖神であられる存在のことも忘れて生きるのです。
それをしっかりと憶えていてください。
それでも、あなた方の志が強く尊くあれば、魂の記憶の一部、祖神の存在などの片鱗を思い出せることがあるかもしれません。
それはすべて、今、ここにいる間のあなた方の意志にかかっていると言っても過言ではありません。
強く、けれど、どこか切なげな音を秘めたうつしみの星の神の声が響いてきた。
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