魂たちの物語〜地球に生まれて〜

地球に生まれし魂(ひと)としての物語を綴っていきます

其の二十

星々の交流は音楽を奏でているかのようだ。宇宙といってよいであろうその空間は、

美しいハーモニーで満たされていた。

自分という存在があるのかないのかさえもわからない。真っ暗闇の中に輝く星の一つにでもなっているかのような感覚に驚くことさえもなく、ただ空間の中に漂っている。

そのような状況にあるのに、意識だけは妙にクリアだ。

自分が何者であり、どこから来て、どこに向かっているのか、冴え冴えとした理解が進む。

 

突然、星々のきらめきが消えた。

あたり一面が真の暗闇に変わり、すべての音が吸収されたかのように聞こえなくなった。

一条は、身構えた。

何者かがいる。どこからかはわからぬが、何者かがじっとこちらを見つめているのを感じたのだ。

その瞬間、いきなり宇宙は消え、元いた厩戸王の居室に佇んでいる自分に気付いた。

 

「危なかったですね。そなたは無防備に意識を広げすぎだ。忘れておられるかもしれぬが、そなたは、いづくかの時にか魔に触れておるゆえに、無防備が過ぎると、その存在を呼び寄せてしまいます。気をつけねばなりませんよ。

魔は、いつの時にも、隙を狙っておるのです。

事が成就することを恐れていますからね。

良いですか一条。決して忘れてはなりません。

どのような事が起ころうと、決して、対立だけはせぬように。対立し、相手を糾弾し、攻撃するようなことになってはなりません。

相手の望む土俵に引っ張り出されては、われらの為すべきことは果たせぬままに終わるでしょう。先方は、どのような手段を使ってでも、われらの為し事を邪魔だてするはずです。

最大の問題は、先方にはまるで禁忌がないことです。正義や道義が通らぬは当たり前ですが、彼らはどのような禁じ手でも使ってくるでしょう。

そして、彼らのシナリオにわれらを乗せようとするはずです。

対立させ争いへと持ち込まれた段階で、われらの負けです。彼らは、われわれの魂エネルギーを奪おうとしているのです。

そして、われらの存在を根絶やしにする算段でしょう。

もちろん、私には指一本触れることも出来ませんし、私の魂のエネルギーに触れれば、彼らはたちまちに消え去ってしまうでしょう。

ですから、彼らは私を狙いにはやってきません。あくまで、そなたたちに手を伸ばしてくるはずです。そして、あなた方、仲間内の中に問題を生ませ、争いへと導こうとするでしょう。

その罠にはまってはなりません。決して、対立はせぬように。賢さをもって万事が事にあたりなさい。」

 

すべての話を終え、厩戸王の居室から退出した時には、空は白々と明けていた。

山背大兄王は、一条光明としての己の感覚を取り戻していた。

もしかしたら曖昧な部分はあるのかもしれない。

だが、本人としては、すっかり記憶を取り戻したような気がしていた。

「先程まで、星々の瞬きの中にいたはずなのに、いつのまに、見慣れた道を歩いているものか…」

独り言ちながら、ふわふわと漂う感覚に身を任せる。それでも、肉体を持つこの身は、しっかりとした足取りで、一歩一歩と歩みを前に進めている。

「さて、私はこれからどのようにしたものか…?」

この地球の神々の成り立ち、永き時をかける神々の世界の抗争、人間存在のエネルギーを食い物にする存在、あえて対立を仕組む目に見えぬ存在たち、地球の神と宇宙に遍在する神々…

人として生きているだけでは知り得なかったことが、どんどんと押し寄せてくる。

ただ、山背にとって一番の恐怖は、

「私は、もう長くはこの世に留まりませんので」と、何度か言葉にされていたことだった。

それが厩戸王であれ、日美の神であれ、敬愛してやまぬ存在が、この世からいなくなるという現実がやってくるということに、心は大きく揺れてしまっていた。

 

 

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其の十九

目の前に座す存在は、

すでに自分の父ではないことを、

重々理解していたものの、

思いもよらぬ話の展開に、

正直、山背は面食らっていた。

 

地下王国?智慧の宝庫…?

この土の下に?

え?地下に人が住んでいる?…

鳩が豆鉄砲を食ったようというのは、

きっとこのような顔つきのことを言うのだろう。

返事もできぬまま、目の前の神であろう人を

じっと見据えてしまっている自分に

はたと気付き、山背は頭を振った。

「し、失礼いたしました。あまりにも想像だにしていなかったことゆえ、恥ずかしながら、混乱してしまいました。続きをお伺いしても…?」

 

涼やかな表情で、山背を見つめていた厩戸王は、

優しい微笑を湛えて、言葉を継いだ。

「理解できぬのは仕方ないでしょう。私がこれからお話するのは、この国の表の歴史には残っておらぬことです。歴史というものは、常に、勝者側が語り継ぐものしか残らないもの。それゆえに、あまりにも大切な、この国、この星の根幹に繋がる話であってさえ消されてしまう。

よく覚えておきなさい。これから先の先の時代にまで渡り、出来事は捻じ曲げられ、歴史は真実のみを語ってはいないということを。

一度、話をしたとして、どこまでの理解が進むものかはわかりませんが、私ももう長くこの地球に留まることはないでしょうから、そなたには、

話して聞かせておきます。」

 

山背は、その言葉を聞いて、改めて、背筋を伸ばした。

 

もう厩戸王の姿ではない、日美の神がはっきりと目の前にいらっしゃる。

美しい神は、清らかな澄んだ声で語り始めた。

「この星に命持つ存在が誕生する前に、

この星の内側より大いなる神が誕生されました。

その神が誕生された後、私たちが生きるこの地には、次々と神々が誕生していきます。この神々は、この星に、宇宙より降り立ちた初の神よりも前にこの星に存在していたのです。」

 

 

山背は、日美の神の語る話を、一言一句漏らさじと耳を攲てた。

まるで、見知らぬ星の物語を聞くかのような話に胸が躍るようでもあったが、話が佳境に入る頃には、ワクワクするような思いすらも消え、

いつしかその話の中にすっかりと埋もれた自分になっていた。彼は、宇宙の星が瞬く空間にいることにさえ気付いていなかった。

 

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其の十八

厩戸王は、山背の話を遮ることなく、

ただ静かにに耳を傾けていた。

思いが高まり過ぎて、言葉に詰まった山背の目からは、止め処ない涙が溢れていた。

 

「山背、山背… まるでそなたは、私が今日にも死にゆくような顔をして…」

厩戸王は優しく美しい声で語りかけた。

「山背…いや、やはりもう一条と呼ぼう。」

 

『一条』という響きが耳に届くと、

背中が震え、胸の奥がぐるぐると廻るような

なんとも言えない妙な感覚を憶える。

山背は、嗚咽したくなるような、喉の奥の方から何かが飛び出してきそうな体感とともに、熱くたぎる体内の変革に恐れをなしていた。

 

「一条。この日の本の国、大和の国がどのような場であるのか、それをそなたに伝えておかねばならぬな。」

もう先程までの厩戸王ではなかった。

 

日美様…とさえ口にしては失礼な神々しさをもった目の前にいる存在は、神というにふさわしかった。

ここまでに美しい存在がいるのであろうかという程に香りたつような美しさだ。

しかし、この美し過ぎる存在を、私はどこかで知っている。そして懐かしいとさえ感じていると、山背は思った。

先程まで感じていた神とは比べものにならない程の圧倒的な光であるのに、穏やかで優しくもある。

荘厳で煌びやかな大輪の牡丹のようでもあり、

高山にひっそりと佇む名のしらぬ白い花のようでもある。

すべてを知り得たかのような涼やかな瞳の奥から、水晶のような輝きを持つ清らかな泉の如き光が煌めく。

 

人間ではないのだ。

何度も思ったが、ここまで圧倒的にこのように思い至ることになるとは思わなかった。

山背は、まるで目の前の神の手のひらにいるような感覚に陥っていた。

 

 

「あまたある星の中で、この星だけが請け負うた任務というか、役目があるのだよ。

そして、われらが住まうこの国こそ、古の地球が棲まいておられた神の島であり、智慧の宝庫たる地下王国シャンバラへ至る入口なりし門があるのだ。」

 

つづく

 

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其の十七

どれくらいの時が経っただろう。

また、すっかり日が暮れてしまったが、

山背はまだ夢殿の前から離れられずにいた。

 

扉が開く。

まるで人とは思えぬ光を纏って、

厩戸王が姿を顕した。

 

その姿を目にした瞬間、山背は平伏した。

そんなつもりは、ほとほとなかったが、

なぜか自然に頭が下がってしまったのである。

 

厩戸王は、平伏し続けている山背を見て、

言葉をかけた。

「どうされたのです?そんなに肩に力が入っていたら、本来の力の一割も出せませんよ?」

厩戸王は、冷え切った山背の手を取って、両手に包み込んだ。

「ずいぶんと長くここでお待ちだったのですね。

まずは、居室に戻りて、そなたの話を聞きましょう。そんなに切羽詰まった表情(かお)をして…。そなたは、昔から変わらぬな。」軽やかに笑いながら、その手を引いて、居宅へと歩み始めると、山背は少し照れくさそうに、それでも、父のその手を離さず、そのぬくもりを感じていた。

 

 

〜居室にて〜

あまりにも美しく眩い父の姿に、山背は何を伝えたものか言葉に詰まる。

この方は、一体おいくつになられたのだろう。

この眩さは人に非ずか。やはり父上は神であられるということなのだ。

山背は、言葉では表せない世界の感覚に引きあげられた。

「父上…日美様と呼ばせていただく失礼をお許し願えませんでしょうか?」

ふふ…と微かな笑みを浮かべたように見えた。

「かまいませんよ」

その返答を聞いて、

山背の心は嬉しさと悲しみという複雑に絡まる感情の波に揺られた。

すでに、人の身を離れていらっしゃるのだ…ということを、差し迫って感じたのである。

この人を父上とお呼びできる身の上であることが、幼い頃から誇りであり、誉であったのだ、私は…心の奥に潜む優越感を恥じながら、山背は背筋を伸ばした。

 

「日美様。私は未だ自分自身の役目を理解できずにおります。

先日いただきましたお話も、まだどうにも呑み込めずにいるのです。

ただ、先日お伺いした時から、時々、不思議な感覚が芽生えているのも事実です。

見たことのない風景が、まざまざと脳裏に浮かびます。素晴らしいと庭園に、美しい天女たちが舞い踊る姿や、神殿のような建物が見えるのです。

その奥に、あまりにも美しい美し過ぎる神のような方のお姿を感じることすらあります。

それを感じると、懐かしくて涙が溢れ、帰りたいとまで思ってしまう。

けれど、入鹿のことを考えると…どうも、私は、あの者が、あの者の振る舞いが、とても苦手と感じております。常に自らを高みにおいて、他者を下に見下すあのまなざしや物言いは、仏の教えを得て広めようとする者とは思えません。

魂というものがあるとして、いえ、あるということは理解しておりますが、

その魂は、人として生まれてしまうと、その強い祈りや願いさえも消え失せてしまうということなのでしょうか?それでは、なぜ、わざわざ魂は、ここに生まれてくる必要があるのでしょうか?この世界とは一体どのようなもので、なぜわれわれは、ここに生きなければならないのでしょう?私は、父上の子どもとして生まれ、父上のもとにて学び続けてきたことに、心からの喜びと誉を感じております。それゆえに、さらに、学びを重ね、己を磨き、人臣が幸いなることを願い、この身を尽くすことこそが、己と役目と思い定め、生きてまいりました。なれど、私は父上のようにはできません。人々が太陽を得たかのように明るく笑い、月の知を仰ぐかのように思慮深くなれるのは、父上を仰ぎ見ているからです。父上以外に、この国に光を与えるものも、智慧により導くものもおらぬのです。父上はすでに、政に興味をもっておらぬと仰っておいででした。

では、この国はどのようになってしまうのでしょう。私は、何をすればよいのでしょう?」

答えてはくれないであろうことを承知で、山背は思いの丈をぶつけた。

まだ逝かれてはならない。逝かれるには早すぎる。目の前にいる眩すぎる存在を前に、

山背の心には、得も言われぬ不安が襲ってきていた。

そもそも、何をしにここに来たのかさえ忘れていた山背であったのだ。

 

 

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其の十六

【記憶の波間】

この日を境に、山背がすべての記憶を取り戻したかというと、そういうわけではなかったが、折に触れ、自身の中から奇妙な感覚が甦っては消えるを繰り返していた。

魂というものがどのようなものであるかはわからない。だが、自分自身の中に、間違いなく今までとは別の感覚が生まれている。過去に行ったことなどない場所の風景、まるで見たことのない造形をしたまばゆい建物、見知らぬ花々、そして、誰かはわからぬがとても大切なひと。ずっとそばにいなければいけなかったような、ずっと自分を待っていてくれているような、なんとも懐かしく愛おしさを感じるひとが浮かんでくる。

「私は、ここに何をしに来たのだったか…」このところ、ふいにそんな思いが浮かび、つい口にでてしまう。

山背には、異母妹である舂米という妻が一人いる。この時代、側室を持つ男性は多かったが、山背は一人の女性のみを妻としていた。子煩悩でもある彼は、幼き子らとの時間も大切にして過ごしていたが、このところ、どこかうわの空になっている山背を目にすることが増え、舂米は気にかかっていた。

「お具合がよろしくありませんの?」舂米は、山背に問うた。

「あ、いや。そういうわけではないのだ。ちょっと考えごとをしていて…。」

「何かご心配事でも?」

「そういうわけではないのだよ。すまぬ、心配をかけてしまっていたのだね。

なんというのか…私がこの世でせねばならぬ本当のことは何なのか、そんなことを思いめぐらしていたのだ。」

「まあ。驚きましたわ。あなたは、これからの世を背負っていく方ではございませぬか。

私たちの父上の跡を継げるのは、あなた様しかおられません。父上は、このところめっきり夢殿から出てはいらっしゃらないご様子ですし、上宮王家の柱は、今は、あなた様でいらっしゃいますのに。次代の大王は、あなただと仰る方々もいらっしゃるようですのよ。」

「まさか。やめてくれ。私はそのような器ではないよ。それに…」

「それに?」

「ああ、なんでもない。ただ、私にはやるべきことが残っているように思えてならないのだ・・・。ああ、そうだ、もう一度、父上に会いに伺ってこよう。」

舂米は、少しいぶかしんだ表情で、山背の顔を覗き込んだ。

山背は、ただ、優しく微笑みかけただけで、何も話さなかった。

数日後、山背は、再び、父の住まう邸へと向かった。

「父上は、また夢殿ですか?」

それに答えたのは、父の寵愛を受けているといわれ、舂米の実の母である膳部美郎女(かしわでのみのいらつめ)であった。

「はい。この頃は、夢殿に入られましたら10日近くは出て参られませぬ。誰も声をかけることはできませんの。」

「さようですか。実は、先日、父に促され、夢殿に入らせていただきました。その中で、少し、不思議なことが起こりまして…。今一度、父上と話をさせていただきたいと、馳せ参じた次第です。」

山背にとっては義母にあたる膳部美郎女は、何かを考えている風な態度で、少し間をおいて返答した。

「そうなのですね。私は、夢殿に入ることは許されておりませんし、近付くこともしてはおりませんの。あの場は、特別な聖域のように思っていらっしゃるようですので。

山背様なら、きっと問題なく迎えて入れてくださいますでしょうから、このまま向かわれてはいかがでしょう。怒られることなど決してありはしませんから。」

背中を押してもらったような格好で、山背は、夢殿へと向かった。

様々なことが思い巡らされ、頭の中がぐるぐる回っているような感覚に陥りながら、ひたすらに父に助けを求める幼子のような心持ちで、山背はいつしか小走りになっていた。

少しの畏怖と、胸が弾けてしまいそうな喜びを感じている自分に、少しおかしくなりながら、先を急いだ。「そうか、私はこんなにも父上を求めていたのだ。答えはきっとここにある。」目の前が開けたような気分になったところで、夢殿の前に着いていた自分に気付いた。

 

山背は、しっかりと閉まっている扉の前に立ち、父を呼んだ。

「父上、山背でございます。どうか、この扉を開けてください。私に、もう一度、機会を与えてください。あの日から私は、どうにかなってしまったようなのです。

私は、本当は何をすべきなのか、何のためにここにいるのか、あと少しでわかりそうなのに、掴みかけた瞬間、大波がやってきて、私に覆いかぶさってくるのです。思い出したい。思い出さねばならぬ。私の心の奥で、もう一人の私の声が響いてくるように感じるのです。お願いです、父上。ここを、どうかこの扉を開けて、私を中に入れてください。」

山背は懇願した。

 

 

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其の十五

山背大兄王

上宮厩戸王の長子として生まれた山背大兄王は、誠実でまっすぐな人柄が、信頼のおける人物として多くの人々より敬われていた。しかし、彼自身は、得も言われぬ物足りなさに、常に思い悩んでいるようであった。また、幼き頃から、神童厩戸皇子の息子として、期待され続けてきた彼は、心に重たい雨を降らせていた。

「私は、父とは違う。私が為したいことは、他にある気がしてならぬのに、なぜ、私は自由に生きられぬのか。心のままに在りたい。なれど、心のままというものが、どういうものであるのかわからぬ。仏を信じ、敬うのは当然のことであるが、それだけでは何かが足りぬ。なんなのだ?私は、何かをせねば、何かを知らねばならぬというのに・・・。」

10歳を過ぎたあたりから、何かに思い悩む姿がみられはじめた山背大兄王は、次第に影を帯び始めた。それでも、彼は誠実であったし、人当たりも面倒見もよく、人々から慕われていた。

成人となり、自らが父親となっても、彼の憂鬱は消えなかった。よき父であり、妻に対してもよき理解者である。そんな山背の状態を気にかけた厩戸王である日美の神は、ある日、山背を夢殿へ呼び入れた。

「山背。そなたは自分がこの世に生まれた意味に思い悩んでおられますね。」

いきなりの言葉掛けに、山背は大層驚き、返事に詰まってしまった。

「これから、そなたに大切な話を聞かせねばなりません。そなたと私の二人だけの秘密になるでしょう。なぜなら、他の誰に伝えたところで、信じることは難しいでしょうし、思い出すこともできぬでしょうから。」

一体、なんの話をされるのか、緊張ぎみで戸の近くに立ちすくんだままでいる山背に、もっと近くに来るよう促した。山背は、久しぶりに父親の顔を間近に見た。

いくつになられてもお若いままだ。私が子どもの頃の父と、どこが変わっているものか・・・そんな思いを抱きながら、父の前に立つ息子を尻目に、厩戸王は、ゆっくりと両手を山背の前に突き出した。「そなたの手を、私の手にかざしてごらんなさい。」

「はい」言われたままに、手を差し出す。

「よいですか。今、ここにのみ集中なさい。手と手の間に感じるものを、そのままに感じるのです。」

「手と手の間の感覚…」目を瞑り、じっとその手の中にあるものを感じていく。なにやら温かくて優しい感じがする。まるで、小さな光がそこに宿っているかのようだ。そう感じた時、父の声が耳に響いてきた。「そう。その光を、どんどん大きくしていくのです。ただ光に集中する。光の色、光の質、光の音・・・感じるままに感じなさい。」

手と手の間という感覚もすでに消え失せ、光はどんどん大きくなっていった。

「なんだこれは・・・」不思議な感覚に身を委ねる。立っているのか宙に浮いているのか、そもそも自分はどこにいるのかもわからなくなる程、光は見知らぬ空間を満たしていく。いつしか空を飛んでいる自分に気付く。まるで天女の羽衣が手に入ったかのように、ふわふわと体が浮いて、自由に空を飛んでいるのだ。そこでまた、父の声が遠くから聞こえてきた。「一条、そこに何が見える?」

「あ、光が…真っ白の光の中に、淡い桃色の衣服をまとった天女のような…

音が聞こえてきます。いえ、聲…歌が響いてくる。懐かしい歌…神の歌。」

知らぬ間に、山背の頬は涙で濡れていたが、本人は気付いてはいないようだ。

「ああ、温かい。息が楽になってきました。そう、この歌だ。私がいつも歌っていた。教えていただいた神歌だ。ひみつたり様の・・・」一瞬、バチっと熱い何かが弾け、山背は驚いて目を開けた。「あ・・・今のは?」目の前には、変わらぬ姿の父が立っている。

ようやく、涙に濡れている自分に気付いた彼は、自分の頬に手をあてて「え?泣いていた・・・?」と静かに語った。

厩戸王が問うた。「何を見ましたか?」

「美しい光と歌の中に、まばゆい神が顕れました。私は、ひみつたり様と申し上げたように思います。」

「そうですか。他には?」

「他に…ですか?ただ懐かしくて、優しい光の中で、ずっとこのままでありたいと思っていました。あ・・・先程、父上は、私のことを山背でなく別の名を…一条と呼んでいらっしゃいました。あ、あれ?」

自身でその名前を語った瞬間、彼は、えづくような妙な感覚に陥った。急いで、父の前から離れ、口元を袂で抑える。何度となく襲ってくる吐き気のような、何かが喉から出てしまうような奇妙な感覚を憶えて、立っていられなくなった。

厩戸王は、優しく近寄り、彼の背中に手を回した。

「もったいないことにございます!」口に衝いた言葉に自身で驚きながら、山背は、いきなり振り返った。一度、両肩を上げ、ふうと息を吐きながら、肩を下すと、彼は目を見開き、まっすぐに目の前にいる父、いや、自らの敬愛する神の前に膝をつき、彼は言った。

「日美様・・・」と。

 

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其の十四

 

(時流)

時の流れは、磁場によって変わる。次元が違えば、そこに同じ時が流れようはずもない。

地球と日美の神の星では、比べようもないくらいに時の流れの速さが違う。

それは、青河龍王の場やうつしみの星の場でも似たようなものであるので、三国の者たちが、地球に降り立つまでに研鑽を重ねたり、肉体を選んでいる間に、地球ではすでに1000年、2000年という時が流れている。

彼らが地球に降り立った時代は6世紀後半、場所は大和の国(日本)であった。当時は、大和政権下で、蘇我氏物部氏など豪族の間で、それぞれが支持する皇子を大王にしようと争っていた。この争いを収束せんがため、厩戸皇子聖徳太子)は、亡き敏達天皇の后である額田部皇女(炊屋姫)を、女帝として即位するよう進言した。自らは推古天皇の摂政となり、国の政を正しく治めるため、天皇中心の政治を推進するべく憲法十七条を制定する。これは、国民だけにとどまらず、貴族や官僚に向けて道徳的な模範を示すための憲法である。働きを正しく評価するための冠位十二階の制定などを行った。

また、文化的に未熟である大和の国を発展させるべく、隋の国(中国)の教育、医療、建築などの文化を取り入れんと、遣隋使を送った。精力的に政治に関わってきた厩戸皇子は、厩戸王とも呼ばれるようになっていくが、次第に、政治の中心から離れていく。

当時、政権の中心は飛鳥(明日香村)であり、彼の生誕も飛鳥である。しかし、その飛鳥から20数キロ離れた未開の地「斑鳩」に、厩戸王は一族の暮らす場を作ったのだ。

その敷地の中に、八角形のお堂を創り、厩戸王はほとんどの時間を、夢殿の中で過ごすようになっていた。

 

(夢殿の中で)

厩戸王は、すでに、人の身の記憶とは別の魂の記憶を取り戻していた。

夢殿の中にいる間、厩戸王は日美の神に戻り、この地球にてやらねばならぬことを行っていたのだ。

うつしみの星の神より授かった移動装置により、人として存在している身であるにも関わらず、地球上はもちろん、高天原など地球とは別の空間へも自由に行き来することができた。また、人として生まれる前に、己自身で作った通信ルートを駆使し、遥か彼方にある自国に残した対の神、日見月と交信を続けていた。

「決して、良い状態ではありません。応凌も不動も、自らの命をすっかり忘れておるし、当然、魂の記憶する憶えてはおらぬ。」日美の神は語った。

「そうですか・・・。一条はどうしています?」

「あれは、私のそばにおりますから…。半分わかっているようで、半分わかっておらぬようです。ただ、己が何のためにここに居るのか、それは理解しているように思います。

自らに繋がった魔のことは思い出してはおらぬようですが、闇を祓うという言葉は、よく口にするのです。」

「照染は、一条とともにあるようですが、彼女はいかがでしょう?」

「彼女は、舂米という名で、山背(一条)の妻として、よくやってくれていますよ。

記憶は取り戻してはおらぬが、もともとの明るさが幸いしています。独りで考えこんでしまう山背には丁度よい。」

「照染は、こちらでも明るく華やかですからね。なんとも不思議なことですが、人となりしも、こちらの質を持ちてあるのでしょうか。」

「そのように感じますよ。それにしても、地球は不便でなりません。様々な神に支えていただき、協力していただいているからこそ、どうにかなっておりますが、やはり思っていた以上に、人になるということは難しいものです。」

「孤軍奮闘されていらっしゃるということですのね。」

「思い出せぬということが、これほどまでに大きな障害になるとは。予想していたよりも遥かに厳しいかもしれませんよ。」

「まあ、日美さまがそのような弱音を吐くなどと、考えられませぬ。」

「日見月…。そちらはいかがですか?私がいないことで、そなたに負担をかけておると思うが…」

「こんなにも離れているのは初めてのことですから、どのように過ごしていればよいものか…と、時に気もそぞろになりますが、やることが多いですから、どうにかなっております。源水様が、そちらにいらして以降、紀の神様も実の神様も、よくこちらにいらしてくださいます。春蕾は、常にそばにあり、支え続けてくださっていますし、晃実殿は、正殿にてよく働いてくださっておいでです。他の者たちも皆、日美様はじめ皆様がお戻りになる日を楽しみに、日々を精進しておりますので、ご心配には及びません。

そうそう、日美の神様のところの伽羅さんを、私の寝所にお呼びしてもよろしいですか?」

「神獣の伽羅を?よいが、あれはかなり大きいでしょう?」

「日美様、伽羅さんは、自ら小さくなる術をお持ちでいらっしゃいますよ。とても可愛らしいお姿で、ぬこの間に遊びにいらっしゃいました。私、とても仲良しになりましたの。

伽羅さんを私にお貸しくださいませ。」

「わかった。伽羅がよいなら、それでよかろう。そなたも寂しい思いをされていらっしゃるのでしょうから。」

「日美様は、お寂しくはございませんか?」

「ふふ。そなたが寂しいのなら、私も同じ思いを抱いていることくらい、そなたにはわかるであろうに。しかし、そのようなことは言ってはおられぬ。早く、一条にまつろう魔の正体を見つけて、それをはがさねばならぬ。地球は未だ未発達の星ですから、この星が真の調和なる場になるには、まだまだ時間がかかりますよ。私がどこまでできるかはわかりませんが、せめて、この星にも光の源なるエネルギーが繋がってくれればと思います。」

「承知しております。そのための準備は、こちらでも進めております。もう少し、お待ちくださいませ。」

「あいすまぬ。皆によろしく伝えてください。そして、日見月よ、われらは大丈夫だ。離れておっても、私は常にそなたと共に在る。忘れるな。」

「はい。わかっております。どのような時であっても、どんなに離れていても・・・。

必ず、お帰りくださいませ。それまで、われらの出来ることは精一杯やっておきます。」

日見月は、日美の神に誓った。

 

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