魂たちの物語〜地球に生まれて〜

地球に生まれし魂(ひと)としての物語を綴っていきます

魂たちのものがたりをnoteにまとめました

note.com

 

今まで、こちらにアップしてきた記事を、

まとめてお読みいただけるように

noteに投稿いたしました。

 

諸々の事情があり、しばらく休載しておりましたが、

今後は、長くまとめた形で、noteに投稿してまいります。

 

ご興味ございましたら、noteへ遊びにいらしてみてくださいませ。

 

 

 

其の十六

【記憶の波間】

この日を境に、山背がすべての記憶を取り戻したかというと、そういうわけではなかったが、折に触れ、自身の中から奇妙な感覚が甦っては消えるを繰り返していた。

魂というものがどのようなものであるかはわからない。だが、自分自身の中に、間違いなく今までとは別の感覚が生まれている。過去に行ったことなどない場所の風景、まるで見たことのない造形をしたまばゆい建物、見知らぬ花々、そして、誰かはわからぬがとても大切なひと。ずっとそばにいなければいけなかったような、ずっと自分を待っていてくれているような、なんとも懐かしく愛おしさを感じるひとが浮かんでくる。

「私は、ここに何をしに来たのだったか…」このところ、ふいにそんな思いが浮かび、つい口にでてしまう。

山背には、異母妹である舂米という妻が一人いる。この時代、側室を持つ男性は多かったが、山背は一人の女性のみを妻としていた。子煩悩でもある彼は、幼き子らとの時間も大切にして過ごしていたが、このところ、どこかうわの空になっている山背を目にすることが増え、舂米は気にかかっていた。

「お具合がよろしくありませんの?」舂米は、山背に問うた。

「あ、いや。そういうわけではないのだ。ちょっと考えごとをしていて…。」

「何かご心配事でも?」

「そういうわけではないのだよ。すまぬ、心配をかけてしまっていたのだね。

なんというのか…私がこの世でせねばならぬ本当のことは何なのか、そんなことを思いめぐらしていたのだ。」

「まあ。驚きましたわ。あなたは、これからの世を背負っていく方ではございませぬか。

私たちの父上の跡を継げるのは、あなた様しかおられません。父上は、このところめっきり夢殿から出てはいらっしゃらないご様子ですし、上宮王家の柱は、今は、あなた様でいらっしゃいますのに。次代の大王は、あなただと仰る方々もいらっしゃるようですのよ。」

「まさか。やめてくれ。私はそのような器ではないよ。それに…」

「それに?」

「ああ、なんでもない。ただ、私にはやるべきことが残っているように思えてならないのだ・・・。ああ、そうだ、もう一度、父上に会いに伺ってこよう。」

舂米は、少しいぶかしんだ表情で、山背の顔を覗き込んだ。

山背は、ただ、優しく微笑みかけただけで、何も話さなかった。

数日後、山背は、再び、父の住まう邸へと向かった。

「父上は、また夢殿ですか?」

それに答えたのは、父の寵愛を受けているといわれ、舂米の実の母である膳部美郎女(かしわでのみのいらつめ)であった。

「はい。この頃は、夢殿に入られましたら10日近くは出て参られませぬ。誰も声をかけることはできませんの。」

「さようですか。実は、先日、父に促され、夢殿に入らせていただきました。その中で、少し、不思議なことが起こりまして…。今一度、父上と話をさせていただきたいと、馳せ参じた次第です。」

山背にとっては義母にあたる膳部美郎女は、何かを考えている風な態度で、少し間をおいて返答した。

「そうなのですね。私は、夢殿に入ることは許されておりませんし、近付くこともしてはおりませんの。あの場は、特別な聖域のように思っていらっしゃるようですので。

山背様なら、きっと問題なく迎えて入れてくださいますでしょうから、このまま向かわれてはいかがでしょう。怒られることなど決してありはしませんから。」

背中を押してもらったような格好で、山背は、夢殿へと向かった。

様々なことが思い巡らされ、頭の中がぐるぐる回っているような感覚に陥りながら、ひたすらに父に助けを求める幼子のような心持ちで、山背はいつしか小走りになっていた。

少しの畏怖と、胸が弾けてしまいそうな喜びを感じている自分に、少しおかしくなりながら、先を急いだ。「そうか、私はこんなにも父上を求めていたのだ。答えはきっとここにある。」目の前が開けたような気分になったところで、夢殿の前に着いていた自分に気付いた。

 

山背は、しっかりと閉まっている扉の前に立ち、父を呼んだ。

「父上、山背でございます。どうか、この扉を開けてください。私に、もう一度、機会を与えてください。あの日から私は、どうにかなってしまったようなのです。

私は、本当は何をすべきなのか、何のためにここにいるのか、あと少しでわかりそうなのに、掴みかけた瞬間、大波がやってきて、私に覆いかぶさってくるのです。思い出したい。思い出さねばならぬ。私の心の奥で、もう一人の私の声が響いてくるように感じるのです。お願いです、父上。ここを、どうかこの扉を開けて、私を中に入れてください。」

山背は懇願した。

 

 

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其の十五

山背大兄王

上宮厩戸王の長子として生まれた山背大兄王は、誠実でまっすぐな人柄が、信頼のおける人物として多くの人々より敬われていた。しかし、彼自身は、得も言われぬ物足りなさに、常に思い悩んでいるようであった。また、幼き頃から、神童厩戸皇子の息子として、期待され続けてきた彼は、心に重たい雨を降らせていた。

「私は、父とは違う。私が為したいことは、他にある気がしてならぬのに、なぜ、私は自由に生きられぬのか。心のままに在りたい。なれど、心のままというものが、どういうものであるのかわからぬ。仏を信じ、敬うのは当然のことであるが、それだけでは何かが足りぬ。なんなのだ?私は、何かをせねば、何かを知らねばならぬというのに・・・。」

10歳を過ぎたあたりから、何かに思い悩む姿がみられはじめた山背大兄王は、次第に影を帯び始めた。それでも、彼は誠実であったし、人当たりも面倒見もよく、人々から慕われていた。

成人となり、自らが父親となっても、彼の憂鬱は消えなかった。よき父であり、妻に対してもよき理解者である。そんな山背の状態を気にかけた厩戸王である日美の神は、ある日、山背を夢殿へ呼び入れた。

「山背。そなたは自分がこの世に生まれた意味に思い悩んでおられますね。」

いきなりの言葉掛けに、山背は大層驚き、返事に詰まってしまった。

「これから、そなたに大切な話を聞かせねばなりません。そなたと私の二人だけの秘密になるでしょう。なぜなら、他の誰に伝えたところで、信じることは難しいでしょうし、思い出すこともできぬでしょうから。」

一体、なんの話をされるのか、緊張ぎみで戸の近くに立ちすくんだままでいる山背に、もっと近くに来るよう促した。山背は、久しぶりに父親の顔を間近に見た。

いくつになられてもお若いままだ。私が子どもの頃の父と、どこが変わっているものか・・・そんな思いを抱きながら、父の前に立つ息子を尻目に、厩戸王は、ゆっくりと両手を山背の前に突き出した。「そなたの手を、私の手にかざしてごらんなさい。」

「はい」言われたままに、手を差し出す。

「よいですか。今、ここにのみ集中なさい。手と手の間に感じるものを、そのままに感じるのです。」

「手と手の間の感覚…」目を瞑り、じっとその手の中にあるものを感じていく。なにやら温かくて優しい感じがする。まるで、小さな光がそこに宿っているかのようだ。そう感じた時、父の声が耳に響いてきた。「そう。その光を、どんどん大きくしていくのです。ただ光に集中する。光の色、光の質、光の音・・・感じるままに感じなさい。」

手と手の間という感覚もすでに消え失せ、光はどんどん大きくなっていった。

「なんだこれは・・・」不思議な感覚に身を委ねる。立っているのか宙に浮いているのか、そもそも自分はどこにいるのかもわからなくなる程、光は見知らぬ空間を満たしていく。いつしか空を飛んでいる自分に気付く。まるで天女の羽衣が手に入ったかのように、ふわふわと体が浮いて、自由に空を飛んでいるのだ。そこでまた、父の声が遠くから聞こえてきた。「一条、そこに何が見える?」

「あ、光が…真っ白の光の中に、淡い桃色の衣服をまとった天女のような…

音が聞こえてきます。いえ、聲…歌が響いてくる。懐かしい歌…神の歌。」

知らぬ間に、山背の頬は涙で濡れていたが、本人は気付いてはいないようだ。

「ああ、温かい。息が楽になってきました。そう、この歌だ。私がいつも歌っていた。教えていただいた神歌だ。ひみつたり様の・・・」一瞬、バチっと熱い何かが弾け、山背は驚いて目を開けた。「あ・・・今のは?」目の前には、変わらぬ姿の父が立っている。

ようやく、涙に濡れている自分に気付いた彼は、自分の頬に手をあてて「え?泣いていた・・・?」と静かに語った。

厩戸王が問うた。「何を見ましたか?」

「美しい光と歌の中に、まばゆい神が顕れました。私は、ひみつたり様と申し上げたように思います。」

「そうですか。他には?」

「他に…ですか?ただ懐かしくて、優しい光の中で、ずっとこのままでありたいと思っていました。あ・・・先程、父上は、私のことを山背でなく別の名を…一条と呼んでいらっしゃいました。あ、あれ?」

自身でその名前を語った瞬間、彼は、えづくような妙な感覚に陥った。急いで、父の前から離れ、口元を袂で抑える。何度となく襲ってくる吐き気のような、何かが喉から出てしまうような奇妙な感覚を憶えて、立っていられなくなった。

厩戸王は、優しく近寄り、彼の背中に手を回した。

「もったいないことにございます!」口に衝いた言葉に自身で驚きながら、山背は、いきなり振り返った。一度、両肩を上げ、ふうと息を吐きながら、肩を下すと、彼は目を見開き、まっすぐに目の前にいる父、いや、自らの敬愛する神の前に膝をつき、彼は言った。

「日美様・・・」と。

 

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其の十四

 

(時流)

時の流れは、磁場によって変わる。次元が違えば、そこに同じ時が流れようはずもない。

地球と日美の神の星では、比べようもないくらいに時の流れの速さが違う。

それは、青河龍王の場やうつしみの星の場でも似たようなものであるので、三国の者たちが、地球に降り立つまでに研鑽を重ねたり、肉体を選んでいる間に、地球ではすでに1000年、2000年という時が流れている。

彼らが地球に降り立った時代は6世紀後半、場所は大和の国(日本)であった。当時は、大和政権下で、蘇我氏物部氏など豪族の間で、それぞれが支持する皇子を大王にしようと争っていた。この争いを収束せんがため、厩戸皇子聖徳太子)は、亡き敏達天皇の后である額田部皇女(炊屋姫)を、女帝として即位するよう進言した。自らは推古天皇の摂政となり、国の政を正しく治めるため、天皇中心の政治を推進するべく憲法十七条を制定する。これは、国民だけにとどまらず、貴族や官僚に向けて道徳的な模範を示すための憲法である。働きを正しく評価するための冠位十二階の制定などを行った。

また、文化的に未熟である大和の国を発展させるべく、隋の国(中国)の教育、医療、建築などの文化を取り入れんと、遣隋使を送った。精力的に政治に関わってきた厩戸皇子は、厩戸王とも呼ばれるようになっていくが、次第に、政治の中心から離れていく。

当時、政権の中心は飛鳥(明日香村)であり、彼の生誕も飛鳥である。しかし、その飛鳥から20数キロ離れた未開の地「斑鳩」に、厩戸王は一族の暮らす場を作ったのだ。

その敷地の中に、八角形のお堂を創り、厩戸王はほとんどの時間を、夢殿の中で過ごすようになっていた。

 

(夢殿の中で)

厩戸王は、すでに、人の身の記憶とは別の魂の記憶を取り戻していた。

夢殿の中にいる間、厩戸王は日美の神に戻り、この地球にてやらねばならぬことを行っていたのだ。

うつしみの星の神より授かった移動装置により、人として存在している身であるにも関わらず、地球上はもちろん、高天原など地球とは別の空間へも自由に行き来することができた。また、人として生まれる前に、己自身で作った通信ルートを駆使し、遥か彼方にある自国に残した対の神、日見月と交信を続けていた。

「決して、良い状態ではありません。応凌も不動も、自らの命をすっかり忘れておるし、当然、魂の記憶する憶えてはおらぬ。」日美の神は語った。

「そうですか・・・。一条はどうしています?」

「あれは、私のそばにおりますから…。半分わかっているようで、半分わかっておらぬようです。ただ、己が何のためにここに居るのか、それは理解しているように思います。

自らに繋がった魔のことは思い出してはおらぬようですが、闇を祓うという言葉は、よく口にするのです。」

「照染は、一条とともにあるようですが、彼女はいかがでしょう?」

「彼女は、舂米という名で、山背(一条)の妻として、よくやってくれていますよ。

記憶は取り戻してはおらぬが、もともとの明るさが幸いしています。独りで考えこんでしまう山背には丁度よい。」

「照染は、こちらでも明るく華やかですからね。なんとも不思議なことですが、人となりしも、こちらの質を持ちてあるのでしょうか。」

「そのように感じますよ。それにしても、地球は不便でなりません。様々な神に支えていただき、協力していただいているからこそ、どうにかなっておりますが、やはり思っていた以上に、人になるということは難しいものです。」

「孤軍奮闘されていらっしゃるということですのね。」

「思い出せぬということが、これほどまでに大きな障害になるとは。予想していたよりも遥かに厳しいかもしれませんよ。」

「まあ、日美さまがそのような弱音を吐くなどと、考えられませぬ。」

「日見月…。そちらはいかがですか?私がいないことで、そなたに負担をかけておると思うが…」

「こんなにも離れているのは初めてのことですから、どのように過ごしていればよいものか…と、時に気もそぞろになりますが、やることが多いですから、どうにかなっております。源水様が、そちらにいらして以降、紀の神様も実の神様も、よくこちらにいらしてくださいます。春蕾は、常にそばにあり、支え続けてくださっていますし、晃実殿は、正殿にてよく働いてくださっておいでです。他の者たちも皆、日美様はじめ皆様がお戻りになる日を楽しみに、日々を精進しておりますので、ご心配には及びません。

そうそう、日美の神様のところの伽羅さんを、私の寝所にお呼びしてもよろしいですか?」

「神獣の伽羅を?よいが、あれはかなり大きいでしょう?」

「日美様、伽羅さんは、自ら小さくなる術をお持ちでいらっしゃいますよ。とても可愛らしいお姿で、ぬこの間に遊びにいらっしゃいました。私、とても仲良しになりましたの。

伽羅さんを私にお貸しくださいませ。」

「わかった。伽羅がよいなら、それでよかろう。そなたも寂しい思いをされていらっしゃるのでしょうから。」

「日美様は、お寂しくはございませんか?」

「ふふ。そなたが寂しいのなら、私も同じ思いを抱いていることくらい、そなたにはわかるであろうに。しかし、そのようなことは言ってはおられぬ。早く、一条にまつろう魔の正体を見つけて、それをはがさねばならぬ。地球は未だ未発達の星ですから、この星が真の調和なる場になるには、まだまだ時間がかかりますよ。私がどこまでできるかはわかりませんが、せめて、この星にも光の源なるエネルギーが繋がってくれればと思います。」

「承知しております。そのための準備は、こちらでも進めております。もう少し、お待ちくださいませ。」

「あいすまぬ。皆によろしく伝えてください。そして、日見月よ、われらは大丈夫だ。離れておっても、私は常にそなたと共に在る。忘れるな。」

「はい。わかっております。どのような時であっても、どんなに離れていても・・・。

必ず、お帰りくださいませ。それまで、われらの出来ることは精一杯やっておきます。」

日見月は、日美の神に誓った。

 

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其の十三

「私は、あなた様が窮地に陥ることになる前に、

必ずおそばに参ります。必ず、お支えいたします。人の身を離れる時は、必ず、伴に。日美様が対なる神と離れている間だけ、私をおそばに置いてください。」

高龗の神の思いを受けとめて、日美の神は、

うつしみの星に向かい、「肉体という器」を守る神との対面を果たした。

 

うつしみの星の神は申された。

「日美の神、私は、今度の高天原と地球との一件には、われらの存在するこの宇宙とは別の宇宙の存在を感じずにはいられません。

この場に参る方々の中に、何かが紛れ込んでいるように感じずにはいられないのです。

けれど、確証もありません。

地球は、今はまだ、希望するすべての魂を受け入れる星として存在していますので、ここを通過する者がどこから来ていたとしても、通さぬわけにはいかぬのです。けれど、何かが変わってきている…そんな気がしてならぬのです。」

日美の神は、言葉にはせぬまま首を縦に振った。

うつしみの星の神は続けた。

「そして…私は、期待とともに不安を感じております。このような心持ちをもつのは初めてのことですので、説明をするのも難しいのですが……。

日美の星からいらしたという一条殿。まっすぐな強い思い、あのエネルギー、あの賢さ。まだ若いゆえに、自らを調御することが難しい彼の光は、諸刃の剣に思えてなりません。地球に降り立つことが、彼にとって、日美の神やそちらの星の方々にとって、本当に善きことであるのか…と。」

日美の神は、静かに答えた。

「わかっています。すべてをお話することはできませぬが、一条には、地球に降り立つ必要があるのです。今回、高天原と思われるメッセージを聞く機会に、彼を立ち合わせのには理由があります。あの場で私たちは地球の映像を目にし、地球に絡んだ闇を感知しました。その闇、いや、魔というべきでしょうか…その魔性の波動を感知した際、一条の一部が同調したのです。本当に僅かでしたが、間違いなかった。彼はどこかで、あの波動に触れている。どこでかはわかりませぬが、その波動を持ったまま、わが星に置く方が問題は大きくなり、深まってしまうでしょう。

彼がどこでその魔と出会ったのか、その魔の波動を切るために何が必要であるのか、一条を狙ったものなのか、たまたま触れてしまいその波動に絡まれたのか…それすらわからない。わからぬことばかりです。」

 

「一条殿には…その話は?」

 

「いたしました。黙っておっては、信頼に欠いてしまいます。それに、あの者はそんなに弱くはありません。私は一条を信じているのです。」

 

日美の神のまっすぐな瞳は、美しいだけでなく、力強く信頼にたるものであった。

この神なら、自らの子らのためには、身命を賭して、護り抜くだろう。この美しくも和らかな物腰の神に、これほどの強さがあろうとは…うつしみの星の神は思った。

 

「日美の神よ、私は神の名はあるが、魂産みをする役目にない。この星には、地球に生まれし時に必要な肉体の箱を守り抜くという役目を任された魂たちが集まっているに過ぎぬのです。ですから、あなた様が、自らの子らのために、命を捧げる覚悟のあることを感じて、なんとも奇妙な心持ちになっております。胸が熱いような、いっぱいになっているような…

一条殿はお幸せですね、いえ、きっと一条殿だけに限らぬのでしょうが…。

私は役目上、この場を離れることはかないませんが、何かしらの情報が手に入った際には、すぐにお知らせするようにいたします。

どうぞ、どうぞご無事で。一条殿や他のみなさまも、どうぞご無事に事を成し遂げて、早くに自国へとお帰りになれるように。

できることは何でもいたしましょう。

また、必要なことがあれば何なりと申し伝えください。

ここは特殊な星です。地球とは切っても切れない間柄。それゆえに、この星にしかない地球への特別な移動手段があるのです。これは必ずあなた様にとって必要なものになるでしょう。」

こう言うと、うつしみの星の神は、日美の神を連れて銀色に光る回廊へと誘った。

 

回廊は迷路のようになっている。

ところどころに、部屋に入る扉があるが、

扉の先にもまた同じような回廊が続いている。

 

うつしみの星は、やはり不思議な場所である。

普通の人であれば、間違いなく迷い込み、

それこそ一生出て来られなくなるのではないかという恐怖心さえ湧いてきそうだ。

 

しばらく歩くと、目の前に透明なものがあらわれた。扉なのかもしれない。けれど、枠があるわけでもない。その手前で立ち止まると、いきなり、空間が裂け、そこに透明な筒型状の乗り物のようなものが降りてきた。降りてきたという表現が正しいのかどうかわからないが、突然、上から降って湧いたように感じたのだ。

うつしみの星の神は、先にその中に入り、

日美の神を呼び込んだ。「ここにどうぞ。」

一人しか入れないくらい狭い空間に見えるが、

中に入ると、途端にその空間は広がった。

まるで、透明な壁でできたお堂の中にいるようにも感じられる。周囲には、大小の星々が瞬いている。

「日美の神の星にも、似たようなものがおありでしょう。これは、地球上の海の中以外の場と、地球から繋がるいくつかの空間で使うことができるものです。あなた様の居場所としてご自由にお使いください。」

 

こうして日美の神は、高龗の神とうつしみの星の神、そして、青河龍王の協力を得て、

若者たちを引き連れ、地球へと向かうことになる。

 

うつしみの星にて、肉体を選び、親子の縁、夫婦の縁を結ぶ前の夜、一条は、日美の神に呼ばれた。

「一条、地球に生まれし時、そなたは私の息子として生を受けよ。われらはこちらの記憶をすべてなくすことになるが、私は必ず、自らの記憶を取り戻す。そのために必要なことを、すでに日見津足に伝えてある。もし、そなたが思い出せずとも、私がそなたの道付けをして参るゆえに、そなたは自身の中に芽生えるであろう負の感情に飲み込まれぬようにあれ。その感情こそが、そなたに繋がった魔の波動、その正体へと繋がる標になるはずだ。決して、その感情に負けることなく、己の光を通せ。私を信じ、日見月を信じることは、そなた自身を信ずることに繋がっている。

己の光を貫き通すのだぞ。私は、必ず、そなたのそばにおるゆえに。」

 

「この喜び、わが御魂が潰えたとしても、決して、忘れることはありません。私は、日美の神と日見の神の子として生まれ育てていただいたことに誇りと感謝を持ち、地上に降りて参ります。

必ず、地球の闇を祓い、われに付けたる魔の印、解いてみせまする。」

一条は、熱い涙とともに誓いを立てた。

 

 

 

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其の十二

(神の誓約)

時を少し遡る。三国の者たちが、青河龍王のもとにて研鑽を積んでいる間、日美の神は、高天原と地球に纏わる神々についての情報を集めつつ、地球と本国に残している日見の神と、直接のコンタクトがとれるよう新たなルートづくりと、自らの神魂(かむたま)の半分を置いておくための別次元の場を設けていた。地球人として生まれ、死んだあと、共に地球に向かう者たちを置いていくわけにはいかない。自身が最後まで地球に残っていられればよいが、そもそものミッションを考えると、たぶんそうはいかないことはわかっていた。

それゆえに、誰一人として、地球に置き去りにすることのなきよう、万が一のための場を用意していたのである。あえて、神魂を半分に分けるには、理由があった。人として肉体を持った状態であれば、思うように動くことができない。ましてや、神である存在であろうと、地球では、記憶を手放すことになるのは、他の者たちと変わりはしない。思い出せぬことがあるとは思えぬが、思い出したとして、それが何歳でのことかもわからぬし、

そもそも、人であれば、いくら神の質の魂を持っていたとしても、本来の神魂の力を発揮することは困難であろうことは容易に想像がつく。

それゆえに、神魂を半分に分けて、地球上に生きる人の意識とは、別次元の意識体を作り、そちらの意識体にて、自由に様々な場に行き来をすることにしたのである。

それにより、人ではキャッチできない情報を得ることもできるし、地球にかかる黒い魔の正体を掴むこともできるであろう。また、それらを完全に祓うための算段を練ることを考慮していたのである。

 

日美の神は、すでに、地上に降り立ちている大物主の神の山へ、何度も降り立ちては、そこから、地上の神々とコンタクトをとった。

地上に坐す神々のうち、どれくらいの神が、今回の高天原のことに、そして、地球にかかる脅威に向き合っておられるのか、直接、知りたかったのである。

大物主の神は、この難局に立ち向かうため、日美の神とともに動いた。

大物主の神の呼びかけにより、地上の国を超えた様々な神が集まる場が設けられ、そこで、日美の神は、それぞれの神の話を聴き、また、己が集めた情報の共有をなさしめた。

この話が、ここに集いし神の知るところではないことも多く、神々の中には大きな困惑が生まれた。

日美の神は、今、自らの星から、十数名の若者たちが、さらなる情報を得るために、人として地球に生まれることを選択し、青河龍王のもとから、うつしみの星へと向かっていることを告げ、彼らが人として生まれ落ちた際に、彼らに力を貸してくれる神々を募った。

ほとんどの神が渋い顔をし、「検討するゆえしばし待たれよ。」と、その場を立ち去ってしまった中で、自ら、日美の神のもとへと歩み寄ってきた神がいた。

艶やかな長い髪を高く結い上げ、薄い絹布のような透ける布を何枚も重ねて仕上げた独特の服を纏った妖艶なまでの美しさを湛える女神である。芳醇で甘い香りがあたりを包み込む。

「日美の神様。お初にお目にかかります。わたくしは、倭の国の大いなる水の化身、タカオカミと申す者。大物主の神様とは、旧き付き合いのございます。」丁寧に挨拶したかと思うと、高龗の神は、突然、甘い声と表情になり、日美の神のそばへと詰め寄った。

「わたくし、日美の神様のお役に立てると思いますわ。ええ、必ず。」

日美の神は、丁重に感謝の意を述べ、そして、静かに笑みを返した。

「日美さま・・・わたくしと契りませう。さすれば、われらは、運命共同体。なにが起こっても、わたくしは、あなた様とあなた様のお供の方々を、地上にてお守りいたしますわ。」

日美の神は、再び、静かに笑みを返し語った。「それはかたじけなきお言葉。感謝申し上げます。なれど、私には、わが星に、すべてを分かち合う妹背を残しております。あれの悲しみは、私の悲しみそのもの。また、わが痛みは、そのままにあれの痛みそのものになるのです。あなたと契ったならば、わが妻にはそのままに伝わりましょう。私は、すでに遠き場に赴くことで、あれに深い悲しみを負わせておりますので、これ以上を与えるわけにはまいりません。美しく尊き神よ、あなたのお力をお借りするに、他の手立てを考慮いただくわけにはまいりませぬか。」

高龗の神は、目を細め、日美の神の目をまっすぐに見つめた。日美の神も、高龗の神の目をまっすぐに見返し、また、静かに微笑んだ。

「あぁ・・・。そう、そうなのね。わかったわ。お二神の間には、どこのどなたも入り込めないというわけね。そのように創られし神ということね。仕方がないわ、諦めます。

けれどね、私は、しつこくて激しいの。私は、日美の神あなた様に、一目で落とされてしまったの。このまま引き下がるわけにはいかないわ。私はこの地上の神だから、地上に人として生まれることは叶わない。けれども、わたしの分身を産み落とすくらいのことはできるわ。あなた様が人としてお生まれになっている間、私の分身を、あなた様の妻として、おそばにいさせてくださいませ。さすれば、きっと必ず、あなた様のことも、みなさまのことも導くし、お護りもいたしますわ。」

激しく美しい女神の思いを、日美の神は受けとめ、神同士の誓約を交わした。

こうして、地上に雨を降らし、川を、水を司る女神が、大きな力になってくれたのだ。

 

 


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外伝

(~魂たちの物語・外伝~ 明日香の土地に)

 

時は、西暦538年、日本という国は欽明天皇が立っていた頃のことである。
この年、百済聖明王の使いで使者が訪れ、経典や仏具、金銅の釈迦如来像やなどを献上した。この国に仏教が伝わることとなってきっかけである。

天皇は、初めて相まみえる仏像というものの扱いに、少々困っていた。敬い礼拝すべきかを臣下たちに問うたところ、大臣である蘇我稲目は、大陸の優れた文化である仏教を受け入れるべきであると主張した。それに対し、大連・物部尾輿中臣鎌子らは外国の神を受け入れれば,日本古来の神が怒り神罰が下るであろうという理由から,仏教に反対し、排除すべきであると唱えたのだ。

 

天皇は、仏像の処遇に困り果て、試しに拝んでみるよう献上物を蘇我稲目に授けた。

稲目は、小墾田(おはりだ)の自宅に仏像を安置し,向原(むくはら)の家を浄めて寺とすることにした。これが日本最初に設立された寺(向原寺)である。稲目は、朝に夕にこの仏像を拝んだ。仏像の前に座ると、心が落ち着く。彼は、次第に、この国に仏教を広める決意を固めていった。

 

その頃、医療が発展していないこの時代、国内では度々、疫病が流行った。天然痘である。流行り病の原因は、日本古来からの神の祟りであり、仏教を敬ったせいであると、物部氏は批判し、そうして、蘇我稲目が逝去すると,天皇の許可を得て、稲目の寺を焼き払ってしまったのだ。

(後、向原寺跡地に、推古天皇が豊浦寺を建立)

 

この時、家は焼けたにも関わらず、なぜか仏像は燃えなかったので、物部氏は、この仏像注1を難波の堀江に投げ込んでしまった。それでも,疫病はなくならず天災は続いた。

稲目には、馬子という息子がいた。馬子は父に違わず、仏教の教えを広めんと心に決め、そのために様々な画策を練っていた。この馬子こそ、三国のうち、実の国より降りてきた応凌である。彼は、一番先にこの地球に生まれることを宣言し、それが実現されたのだ。

 

さらに時をかけた西暦585年,この時期、再び、疫病が流行し、川原には、累々たる屍が積み上げられていた。物部尾輿の子である物部守屋は、この流行り病は、神の怒りであり、そもそも仏教を祀っていることが原因であると、敏達天皇に訴えた。

天皇もこれに同意したため,物部守屋は、仏像・仏殿を焼き払ってしまった。しかし,この後も疫病は続き,敏達天皇用明天皇と、続いて病死してしまう。

天皇の後継者を巡り,蘇我氏物部氏の対立は深まり、戦へと進んでしまうのだ。

この戦いに、神童と呼ばれて久しい14歳の廐戸皇子(うまやとのみこ・諡号 聖徳太子)が参戦した。戦場では、罪のない人々が、簡単に命を奪われていく。

仏の教えに殉じていた皇子にとって、命の重さは比べるべくもないことであるにも関わらず、命を落とす者は、ほとんどが駆り出されてきた民百姓であることに胸を痛めた。

また、戦は、実り豊かに育っている田畑や、動物たちの命までも巻き添えにしていくのである。皇子は、二度と戦を起こすことのない国造りをこの戦の最中に誓った。

しかし、この戦は形成の不利な戦いであった。このまま戦に負けては、理想とする国づくりからは到底離れていくことになってしまう。この状況を打開するために、厩戸皇子は、自ら四天王像を彫り、「もしこの戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立しこの世の全ての人々を救済する」と誓願され、勝利の後、その誓いを果たすために四天王寺を建立したのである。

 

587年,蘇我馬子らは、物部守屋をはじめとする有力豪族を滅ぼした。これを丁未の変という。こうして,大和王権における蘇我氏の権力が確立した

さて、この厩戸皇子こそが、実は日美の神の化身であった。厩戸皇子が自らの存在を思い出すまでには、まだ数年の時が必要である。当然、蘇我馬子である応凌も自らがなんたるかを想い出してはいなかった。

 

蘇我馬子は、仏教を基盤とした国造りを、廐戸皇子とともに行っていこうとしていた。

それほどに、厩戸皇子の才は、群を抜いており、皇子の力を得ることは、大和王権に従う豪族たちを束ねるために、必要だったのだ。

 

馬子は、仏教を広めるために、西暦588年に飛鳥寺を建て,ここを拠点とした。

592年,蘇我馬子は、自身の部下である東漢(鎌やまとのあやのこま)に、崇峻天皇を暗殺させ,蘇我稲目の孫にあたり,敏達天皇の妃であった炊屋姫(かしきやひめ)を推古天皇とした。この推古天皇は、賢者源水の妹背となった蓮華媛である。

推古天皇の甥の厩戸皇子が摂政となり,政治を行い、ここに,推古天皇厩戸皇子蘇我馬子という蘇我氏の血族による権力集中の政治体制が確立したのだった。

 

 

注1 難波の堀江に投げ捨てられた仏像は、半世紀後に、信州の本田善光が見つけ、長野善光寺の絶対秘仏として現在も存在するといわれております。

 

 

(明日香村に遺る当時の寺社 part 1 )

飛鳥寺:(奈良県高石群明日香村)現在の飛鳥寺は本堂が残されているのみだが, 当時は,東西210m,南北320m,塔の高さ40m,3つの金堂を持つ大寺院だった。

寺には、蘇我氏の時代に作られた一丈六尺 約4.85mの飛鳥大仏(作 鞍作(くらつくりの)止利(とり))がある。

・橘寺・伝聖徳太子生誕地(奈良県高市郡明日香村)

 

聖徳太子ゆかりの寺)

四天王寺和宗総本山

     大阪市天王寺四天王寺 JR環状線天王寺駅より徒歩12分

     地下鉄御堂筋線谷町線 天王寺駅から北に向かって徒歩12分

     地下鉄谷町線  四天王寺前夕陽が丘駅から南へ徒歩5分

次回から、本編再開いたします。