(迎え)
高次の世界では、瞬間移動というものがたやすくできるものではあるが、異星間の移動については、すべての魂が同じようにできるというわけではない。思ってもみなかった亜空間の存在によって、移動の途中で座標軸が捻じ曲げられ、変異空間に落ちてしまうことも起こるため、注意が必要になる。ネットワークの構築がされていない場同士で、いきなり座標を合わせて移動することは危険すぎる行為である。
今回は移動する魂の数も多い。すべての存在が同じだけの速度や正確性を持って飛行できるわけではない。そのため、今回の地球行きは、遠回りであっても安全なルートを通ることにし、オオモノヌシノの範疇であるところの青河龍王の統べる地に向かい、そこで、さらなる情報を収集し、時期を待って、地球に向けての移動を始めることにしている。
総勢18名が多いか少ないかと言えば、さほど多いわけではないが、初めての、それも問題を抱えているであろう星に行くには、かなりの冒険である。そのため、日美の神は、青河龍王に迎えを頼み、自らを除いた17名全員を連れて行ってもらうこととした。
日美の神は、今後の情報通信のため、また、帰還ルートの構築のため、新たなルートが作れる空間を確認してから青河龍王の地へと向かうことにしたのだ。
地球へ向かう者たちの準備が調い、青河龍王が日美の国に到着された。
「よくいらしてくださいました。此度のご協力、重ね重ね恩に着ます。まずは、わが宮にて、ゆるりとお休みください。」日美の神は、丁重に頭を下げ、お付きの者に、青河龍王を宮に案内するよう誘った。
「そのようにかしこまらずとも。此度のことは、われらが星にも関係ないとはいえぬこと。これは、関わりのある神々みなが揃うて、対処していかねばならぬ案件ですから。
それよりも、まずは、私は地球に降りて集めてまいった話を詳しくお伝えいたしましょう。」
「かたじけなきお言葉。まずは、他のものたちのおらぬわが宮の奥にて、お話を聞かせてください。」
日美の星には、「スイ」と呼ばれるほんのりと甘くとろけるような御神水が湧いていて、
この水を口に含むと、まるで自身のすべてが新しく生まれ変わったかのように清まり、軽やかになる。この「スイ」の源は、日見の神が神事を行う奥の奥のさらに奥にある場にあり、そこには、日美の神と日見の神以外の者は、たとえ祖神であったとしても立ち入ることはできない。
青河龍王は、そのスイを口にして、感嘆の声をあげた。
「これはうまい!素晴らしい!なんという清浄さ。なんとも芳しく、そして優しい。
優しいのに、なんだこの力がみなぎるような感覚は。これは、どのようなものなのですか?」
「これは、奥の神事にて日見の神が司っているスイと呼ばれる湧水です。召し上がる方に合わせて、その質もやわらかさも香りも変わるご神水ですよ。」日美の神が答えた時、
その部屋の奥にある間から、日見の神が姿を顕わした。
「お話中に申し訳ございません。わたくしの元に、ご到着の調べが届かず、スイの準備を調えておりましたところへ、お二神がお越しになられてしまいました。
大切なお話がおありのようですので、私はこれにて失礼いたします。」一礼した後、日見の神は部屋から姿を消した。
青河龍王はその場で立ちすくんでいるかのようだ。
「あの方は?」ようやく口についた言葉はそれだけだった。
「あれは私の双子神で日見の神と申します。この星は二神によって成り立っております。あれはわたしの妹であり、妻であり、半身なのです。」
「さようでしたか。日美の神には、そのような方がいらしたのですね。それにしても、双子というのですから当たり前ですが、よく似ていらっしゃる。いや、あんなにも似ていらっしゃるのにも関わらず、お二神は相当に違われる。日美の神が日の神なら、あの方は月の神ですね。」
「ええ。」とだけ、日美の神は答えて、本題へと話をふった。
青河龍王は、地球にある日の本の国というところの北の方へと降り立った話を聞かせてくれた。
日の本はアマテラスを中心に纏まりつつある国であったが、本来は、国津神と此津神という地球の土着の神が存在していて、その神々と高天原から降りてきたアマテラス属との間で、なんらかのいざこざがあり、神の国譲りが行われたこと。その際、日の本の国を一に統べていた富士の大神がお隠れになり、今はそのご神気を土中の奥深くに眠らせてしまっていることなどを告げた。
それにより、日の本の国の本来の水脈、地脈、詰まりが生まれたこと。また、気脈、龍脈に歪みが起こり、一本の流れが途切れ途切れとなってしまったことを教えてくれた。
「人は、争いの中にあります。たぶんこの争いは、時を重ねて、悪化の一途を辿ることになるでしょう。」青河龍王は険しい表情で、遠くの星を見つめているかのようだった。
「日美殿、たぶん、そなたが人として生まれたとして、あの星に住まう人々が根底から変わることは難しかろう。そなたほどの方であったとしても・・・な。」
「青河殿、私は、自らにそのような力があるとは思ってはおりませぬ。何ができるということでなく、この目で見、自らで体験することによって、闇を知り、魔を見てくることだけでございます。」
「その心意気に私はいつも負けるのだ。そのやわらかな美しきお姿から、なぜそのような豪胆な決意をされることができるものか。とにもかくにも、私は、日美の神とそなたに連なる方々のために、出来ることを尽くそうぞ。」
「そのお言葉、大船に乗った心地にて安心して出立できます。私はともかく、わが星の民、また、日見のことも心にかけていただけたらと思います。」
「かしこまりました。」
宵も更け、青河龍王は客殿へと通され、しばしの休息をとられた。
暮れの空が明けたら、一条たち一行はとうとう地球へと向けて踏み出すのだ。